アビゲイルさんからのメッセージ

息を止めてみて。


数秒でいいから。

                                    Abigail

                                    Abigail

じゃあもっと長く、数分。

苦しくなって、思わず息をしてしまったでしょう。

こんな感じです。こんな風に衝撃は突然やってくるのです。

順風満帆な人生を送っていると思っていたら、ある扉の向こう側に突然押し飛ばされてしまうのです。そこにはまったく別の世界が待ち受けています。今まで過ごしてきた世界には、もう二度と戻ることはできません。

愛してやまない人ががんになるとします。

そんなバカな、

まだ若いのに、

なんで私たちなの、

何かいけないことなんてした…?

そんな様々な思いがぐるぐると頭をめぐり、理不尽さに打ちのめされながら、不幸のどん底に突き落とされるでしょう。

4ヶ月前に30歳の誕生日を迎えたばかりの私は、「びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫」と突然のがん宣告を受けました。

しっかりしていたし、自立していて、健康だったはずのに。

家族や友人は、私がみるみるうちに衰え、やせ細っていくのを目の当たりにしました。

すべての運動機能を失い、眼を動かすことすらもできなくなりました。

私は、いわゆる「重篤(じゅうとく)患者」でした。

家族。

友人。

職場の同僚。

さまざまな色の糸が織り込まれて美しい1枚のタペストリーが完成するように、悲惨な経験も素晴らしい経験も、全部意味のあることだったと思えるような人生を多くの人と一緒に築いてきました。

(化学療法の1サイクル)3週間という期間は、ほんの一瞬のように感じました。どうして今までの体じゃなくなってしまったんだろうと振り返ることばかりで、まばたきするたびに世界が変わっていってしまう気がしました。自分の意思でどうにもならない、これはどういうことなんだろうと考えていました。

あまりのやりきれなさに後ろめたい気持ちになりました。

まだ若いのに、

じゃあ何か(体に良くない物を)食べただろうか、

自分の体を(有害なものに)さらしたろうか、

トラウマになるような経験だって、ちゃんと自分の中で整理をつけられていたはずなのに。

私の愛したすべての人々の心を痛めてしまっている今。

がんに侵された体を治したい。どうすればそれが可能なのでしょうか。自分の力をふりしぼってでも完治させたいと思うのは、当たり前の感情です。

でも、がんを簡単に治す方法なんてないのです。

そして(がんを)「治そう」という言葉は、助けにはならないのです。

ひとりで静かにひっそり過ごすことで心が和らぎました。

(傍にいる人に)気の利いたことを言う必要もなく、気を遣って言葉や話題を選ぶ必要もなかったから。

体が疲れの限界に達したとき、まぶたを閉じてゆっくり休むことができました。

そう、これでいいの。

やさしいことではありません、正しいことかもわかりませんし、素晴らしいことでもありません。

難しいです、怖いです、圧倒されます。そして、曖昧でふわっとしたものでもあります。 

そう、これでいいの。きっと乗り越えられます。耐えるのです。この状況を変えるのに、簡単な答えなど見つかりません。

つい最近誰かが教えてくれました。がんというとてつもなく大きな現実に向き合っていくには「いま、ここ※注」しかないんだと。がんをどうするかということではなく、「いま、ここ※注」というような、呼吸という無意識にしているようなことを大切にするしかないのです。こういうシンプルなことにしっかり目を向けて!

「食べる、息をする、眠る」。

 ほら、今も息をしているでしょ。

たくさんの愛をこめて。

アビゲイル・マットソン

注)time and spaceを「いま、ここ」と訳しました。

最初に少し息を止めてもらったときに、苦しくなって思わず息を吐いたことでしょう。

でも息を吐いたら楽になったでしょう。生きるということはこういうことなのです。

 こういう小さな当たり前をしっかり噛みしめるということが大切だと彼女は言いたかったのではないかと、関係者のお話から判断しました。